音楽療法は諸刃の剣

 新倉さんは音楽療法を「諸刃の剣」だ、とも言い切る。音楽が聞き手の負の感情を爆発させることがあるからだ。とくに、ホスピスのように余命の短い患者の場合、健康な人が音楽を聴くときより、もっと敏感に反応する。

 

 「音楽は心を強く揺さぶる力を持つため、ときには聞き手が封印していた感情を呼び起こすことがあります。音楽療法を始めたころは、この『パンドラの箱』を思いがけず開けてしまう失敗が何度かありました」

 

 前の週までミュージックタイムを楽しみにしていた人が、ある曲をきっかけに「もう、音楽なんて聴きたくもない」と強く言い放ったことがめった。

 

 また、「夫は音楽が好きなので、曲を聴いたら気持ちが落ち着くかもしれません」という妻の希望に応えて弾き語りをしたら、「やめてくれ。俺は死ぬためにここに来だ。俺の人生はもう終わったんだ」とドアの外に追い出されたこともあった。

 

 「心静かに最期を迎えようと入院してきた方は、それまでの人生を思い出したくないと思われるのでしょう。ご家族やスタッフが勧めても、受け手側には、かえって心の負担になることもあります。このため、音楽療法は緩和ケアのスタッフ全員がチームとなってアプローチしなければなりません。心の動きによって夜中に症状が変化し、医療的なケアが必要になることもありうるからです」

 

 セッション中の患者の祥子はカルテに記載して情報を共有し、感情の動きが激しいと判断される場合は看護師に申し送りする。

 

 音楽療法の成否は専門家のキャリアや腕にも大きく左右されるだろう。たとえば、ホスピスの患者は、どんな雰囲気や曲だったらリラックスできるかなど、熟知していなければ効果は得られない。キャリア15年目の新倉さんは言う。

 

 「音楽療法ではセラピストが自ら自己を解放し、あるがままの自分を見せてから始めないと、参加者は決して心を開いてくれません。いかにお互いが自然体になれる環境をつくりだせるかは音楽療法士の腕の見せどころですね」

 

 患者の気持ちを瞬間的に察して判断し、視線や言葉でそれを確認する。会話では、心の中の踏み込んでほしくないことには決して立ち入らない配慮も必要だ。曲を演奏しながら患者の変化に注意し、音量やベースのリズムの速さや強さを調節する。多くの病院が院内で生演奏のコンサートを開いているが、患者に寄り添うように音楽が流れていなければ、やはり心の負担になってしまうそうだ。