納得される病名・納得されない病名

 

 精神科の病名には、2種類ある。納得されやすい病名と、納得されにくい病名である。納得されにくいのはイメージの悪い病名である。納得されやすいのは、自覚症状と一致している病名や、因果関係が理解しやすい病名である。

 

 たとえば、人が怖いという自覚症状には、対人恐怖という病名がぴったりである。自律神経系に症状が出ている時には、自律神経失調症という病名なら矛盾がないように見える。トラウマの後に症状が出たら、PTSDと言われれば因果関係はすっきりしている。こういう病名は医者から告げられるとやっばりそうかとスムースに納得しやすいものである。

 

 一方、納得されにくいのは統含失調症や認知症である。納得されにくいどころか、不用意に統合失調症と診断名を告げると、怒ってもう受診しなくなる人も少なくない。白分を、あるいは自分の家族を、そんな病気扱いする医者が信用できるか、というわけである。これは不合理なことだが、心情的にはよく理解できる。特に精神科の診断は、客観的な検査の裏づけが乏しいこともこれに関係している。たとえば癌という病名が、検査なしでつけられたことを仮定して考えてみればわかる。そんな重大な診断を、検査もしないでつけられてたまるかと誰もが思うであろう。たとえ検査の結果の診断でもすぐには信じられず、再検査や他の病院での検査を希望される人は多い。誰だって信じたくないものは信じられないのである。ましてや検査もなしに統合失調症といったイメージのよくない病名を告げられたら、納得する人はまれである。

 

 ではうつ病はどうだろうか。うつ病は、かつては納得されにくい病名だったが、今では晴れて納得されやすい病名の仲問入りを果たしたと言えるだろう。そうなるまでにはたくさんの人の努力があった。うつ病についての情報を広げるという努力があった。日陰にあったうつ病が、日向に出ることによって、うつ病という病名のイメージは変わってきた。それで治療を受けやすくなって、救われるうつ病の人が増えた、ということは、いくら強調してもしすぎるということはない。

 

 ただし、精神科では、納得される病名は、必要以上に増殖する。ためしに本屋の医学書のコーナーに行ってみるとよくわかる。多いのは、圧倒的にうつ病自律神経失調症の本である。理由は単純で、売れるからである。売れる理由も単純で、自分がうつ病だと思っている人、自律神経失調症だと思っている人が多いからである。実際には、本当に多いのは統合失調症である。それから認知症である。統含失調症という病名と認知症という病名の共通点は、どちらも告知されてすぐに納得する人は皆無ということである。納得されな・・・

擬態うつ病林公一著より