がん看護専門看護師の仕事は、患者や家族に対してだけではない。病院内の医師やコメディカル間でもコミュニケーション部分で大きな役割をになっている。

 

 いま、がん治療では「チーム医療」の必要性が高まっている。1人の患者に対して、外科医、腫瘍内科医、放射線科医のほか、看護師、薬剤師、作業療法士、栄養士などの複数コメディカルが情報を共有し、それぞれの視点から連携して患者のためのよりよい治療を探していく。しかし、職種の使命、文化、歴史、価値観の異なる人間が集まるため、ときにはいい意味での意見衝突が起こることも多い。そんなときは、がん看護専門看護師がチームの方向性を確認し、お互いの見解の違いを調整して、チーム医療を円滑に運ぶための、コーディネーター、さらにマネージャー役も務める。

 

 コーディネートは雑務を積み重ねていかなければならない。いつ、どこで、だれを集めて、どんな内容で討議するか。どのタイミングが一番効果的か。早くても情報不足だったり、思考がともなわなかったりする。遅くなると、問題解決の糸口を逃してしまう。

 

 院内でコミュニケーションスキルの講義をすることもある。日本人はもともと思っていても言葉に出さないことを美徳としてきた国民性もあり、コミュニケーションが上手ではない。そこで、イギリスやアメリカのビジネスでよく使われるノウハウを講義すると、終了後に「囗からウロコが落ちました」と感想をもらす医師やコメディカルは多いそうだ。とくに、がんの転移や治療の中止を伝える場合、以前は、予後を「何力月ぐらいです」と、数字で伝えていたが、最近では「次のお花見はちょっと難しいかもしれませんね」「お正月まではご家族で過ごせると思いますよ」と季節の移り変わりで表現するなど、少しでも強いショックをやわらげる工夫をするようになった。

 

 

 がん治療は長期におよび、さらに転移や再発も起こるため、人間の感情が何度も揺さぶられる。患者の心が大きく動いたときにはどう対応すればいいか、という悩みに若手なら一度はぶつかる。がん患者からよく受ける質問に、「どうして、私はがんになった・・・(中略)・・・だが数力月後、Bさんが亡くなったとき、近藤さんは強く思った。

 

 「こんなときこそ、逃げてはいけない。患者さんと向き合わなければ」

 

 大学院でがんの緩和ケアを勉強したいと思った。2年間で、がんの告知、転移や再発の不安、痛みの緩和、ターミナルケアなど幅広く学び、ふたたび現場に戻った。

 

 スピリチュアルペインにどう対応するかは、実はベテラン看護師でも答えに苦慮する

ことが多い。

 

 「この質問に対する明確な答えはありません。人間の魂の叫び声だからです。私は看護師になって19年目になりますが、いまでもこの問いに対し、何もできない自分がいることを認識し、心が苦しくなります。でも、そこで私か逃げたら、患者さんは本当にひとり残されてしまう。自分も苦しいですが、そこできちんと向き合うことが必要です」

 

 最近では以前、困惑していた人の持つネガティブな感情も理解したいと思えるようになった。「人にやさしくなったのかな」と近藤さんはつぶやく。

『がん闘病とコメディカル』福原麻希著より 定価780円