遺伝カウンセリングとは?

 「うちの家系のがんは遺伝性のものか」と心配になった場合、医療機関の遺伝カウンセリングや遺伝相談室で「遺伝カウンセリング」を受けられる。国内では1970年代に出てきた医療サービスで、おもに、小児専門病院で普及した。やがて、90年代半ばから、専門外来を開設する大学病院が増えた。

 

 相談内容は、おもに①小児の先天異常(ダウン症などの染色体異常、体や臓器の先天的な形態異常など)、②妊娠に関わる産科領域(出生前診断着床前診断、高齢出産、習慣流産など)、③遺伝性腫瘍、①そのほかの小児・成人の遺伝性疾患(筋ジストロフィー血友病など)の4種類に大別される。カウンセリングではそれぞれの疾患について、▽本当に遺伝性かどうか検討する、まだ発疱していない場合は発症リスクを検討する、▽遺伝子検査や医

学的な情報を提供する、▽患者の疑問や心配について話し合う、などをする。

 

 「遺伝子検査」では血液検査で遺伝性疾患を発症するリスクがあるかどうか見分ける。このほか、▽性感染症、肝炎ウイルス、エイズウイルスなどの感染症にかかっているかどうか、▽遺伝性疾患でない病気に関する遺伝子があるかどうか(たとえば、乳がんの場合、抗がん剤ハーセプチン〈一般名:トラスツズマブ〉の効果があるかどうかを知るために、HE

R2遺伝子の有無を調べる)、などもわかる。

 

 この「遺伝子検査を受ける」ということは、あらかじめ、自分の体について知り安心できる反面、その結果次第では大きな心の揺れや葛藤をもたらすこともある。本人だけでなく、家族や親族に大きく心理的な影響を与えることも十分考えられる。そこで、検A子さんの家族の病歴などを表す家系図査前には遺伝カウンセリングを受けることが必要になる。

 

 これまでは、臨床遺伝学を専門とする医師が相談を受けていた。が、ゲノム解析が進み、遺伝子検査が実用化されたことで、医学的な情報を提供するカウンセリングの必要性がますます高まってきた。そこで近年、「遺伝カウンセラー」という専門職が登場した。田村さんは日本で初めてその仕事に就き、2003年から、東京医科歯科大学生命倫理研究センター(遺伝診療外米、束京都文京区)などで相談を受けている。

 

 遺伝カウンセリングとはどのようなものか。次のような例を紹介してもらった。

 

 40代の女性A子さんは、がん検診で乳がんを疑われ、大学病院で精密検査を受けた。その結果、やはり、早期乳ぴんと診断されたので手術を受けた。退院後、検診で主治医と話したとき、A子さんは以前から疑問に思っていたことを聞いてみた。

 

 「実は、私の2歳上の姉も5年前に乳がんの診断を受け手術をしました。おばにも乳が

んだった人がいます。もしかしたら、私の乳がんは遺伝と関係あるのでしょうか」

 

「それでは、遺伝について相談できる専門のカウンセラーを紹介しましょう」

 

 と主治医は病院を紹介してくれた。数週間後、A子さんは遺伝カウンセリング外来を訪れた。大きな窓から、きれいな景色が見えるゆったりした相談室だった。担当になった田村さんはA子さんの向かいに座ると、にこやかに自己紹介し、カウンセリングを始めた。

 

 「乳がんが遺伝かどうか考えるために、もう少し詳しいことが知りたいですね。あなたやご家族の病歴についてお聞きしてもいいですか」

 

 すぐに、A子さんは姉やおばの乳がんについて話し始めた。田村さんはそれを聞きながら、家系図を描いていった。

 

 家族の病歴についても聞かれたので、A子さんは少しずついろいろなことを思い出した。そうしているうちに、仲のい

 

・・・(中略)・・・

 

 田村さんは、次のような国内の裁判例を取り上げた。

 

 ある夫婦の長男は医師からペリツェウス・メルッバッヘル病という重病の神経性疾患と診断された。この病気になると、重度の運動障害や知的障害を伴うため、生涯、車椅子を使い、日常生活で全面介助を必要とすることが多い。そこで、夫婦は医師に「次の子どもをつくりたいが、人丈夫でしょうか」と質問したところ、それは次子以下が同じ疾患を持って生まれてくることは交通事故のような確率であること、長男の子どもに遺伝する可能性はあっても弟妹にはまずありえない、と答えた。

 

 ところが5年後、夫婦が3人目の子供を生んだところ、生後1ヵ月でその医師が長男と同じ病気と診断したので、夫婦はその医師に対して説明義務違反による慰謝料と三男の介護費用、家屋改造費、車椅子代など1億6400万円を請求した。2005年、東京高等裁判所の判決で、この夫婦は勝訴し被告の医師には慰謝料として弁護士費用を含む4830万円の支払いを命ぜられた。田村さんはこう説明する。

 

 「この裁判では、裁判長が遺伝病という問題について、家族に対してどのように説明すべきか極めて難しいとした上で、『医師の説明が不正確な場合は誤った認識を与え、それは医師の裁量として許されるわけではない』という判断で原告の慰謝料の請求を認めました。この裁判を前例として、今後は病院内で十分説明義務を果たすための役割として遺伝カウンセラーを設置するとよいのではないかと思います」

『がん闘病とコメディカル』福原麻希著より 定価780円