遺伝カウンセラーに必要な能力とは

 出村さんが田内初の遺伝カウンセラーになったきっかけは、1998年、アメリカの遺伝カウンセラー学会に初めて出席したことだった。当時、「ぴんと遺伝子」に興味を持っていたという。そのとき、この仕事について知り、フルブライト奨学金を利用してジョンズーホプキンス大学大学院と米国立ヒトゲノム研究所のジョイントプログラム(遺伝カウンセラー養成修士課程)に留学した。

 

 異国でのまったく新しい分野の勉強は苦難の連続だったという。臨床実習では相談者と英語でカウンセリングしなければならなかった。

 

 「私の英語はつたないものでしたが、お会いした200人近くの患者さんやご家族の方々は、いつも、日本で新しい専門職ができることを応援し、『ここで学んだことは、日本人のために生かしてね』と励まし支えてくれました」

 

 大学院卒業後は、米国の認定カウンセラーの資格を得た。帰国後、仕事を始めてキャリア5年目になる。この仕事の魅力とはどんなことか。

 

 「遺伝カウンセリングでは、最新の医学や科学、遺伝情報のほか、いろいろな知識を要求される卜に、相談者のニーズに合わせてそれらを的確ご提供しなければなりません。相談者に納得していただけるカウンセリングができたときは、大きな喜びを感じます。また、相談者の方々と話をしていると、人間のいろいろな側面を垣間見ることかおり、その人生のドラマには驚嘆することがとても多いんです」

 

 こんな仕事に向いている人について、田村さんは次のように言う。

 

①人の話を聞くことが上手な人

②洞察力のある人、本質を見抜く能力かおる人、物事を深く考える能力のある人

③多様な価値観とつきあっていける人。カウンセラーは教育者や指導者ではないので助言しない、価値観を押し付けない

 

 「③については、たとえば、自分や自分の家族の遺伝性疾患の経験を通して、『学んだことを患者や家族に教えてあげたい』という強い動機を持つ人は、お互いが同じ背景を持って対等に助けあう方法(「ピアカウンセリング」と呼ばれる)では高い役割を果たすことができます。遺伝伝カウンセリングに優れた仕事をするためには、かなり苦労するようです。いろいろな価値観に対して客観的で中立的な物の見方が必要になるため、相談者の抱える問題と自分の気持ちや考え方をいかに切り離せるかが席題になるからです」 こんなように、毎日、緊張感ある時問を過ごす田村さんの気分転換は、ときどき、地元の合唱団で歌うこと。最近は、約200人のメンバーと東京芸術劇場(豊島ぼ)でG・F・ヘンデルの『メサイア』をソプラノパートで歌ったそうだ。ふだん、後進の指導をすることが多いので、たまに立場を逆転させて指揮者の怒る声を聞きながら気持ちをひとつに合わせて歌をつくりあげることは新鮮という。

 私たちの遺伝子に生まれながら刻まれている情報、それをあらかじめ知りたいか、知りたくないか。科学の発達は、人間の悩みをますます増やしていくようだ。

『がん闘病とコメディカル』福原麻希著より 定価780円