「私の最期の姿も、メイクしていただけませんでしょうか」

 

 かづきさんが「リハビリメイクはご本人を元気にするためにしているのよ」とやんわり断ると、C子さんは「私の両親や姉を元気にしてくれませんか」と言った。「若くして娘を亡くす家族の思いを少しでも軽くしたいんです」というC子さんの気持ちを、かづきさんは特別に受け止めることにした。

 

 当日は訃報を受け取るとすぐ病院へ行き、C子さんの顔がやわらかいうちに眉を剃って整えた。体が硬直する前に準備しておきたかったからだ。それだけ済ませる≒かづきさんは一度帰宅し、Cさんが病院から自宅に帰った夜にあらためて訪問し、メイクした。闘病後は顔が疲れていたり、痛みや苫しさのために顔にあざができたりする。そこで、少しでも元気そうに、まるで昼寝しているときのような表情をつくったという。

 

 「かづき先生、女性はいつでもきれいがいいね」

 

 何人もの患者がそう言って旅立った。

 

 かづきさんの母親も乳がんで亡くなった。入院していたとき、娘がお見舞いに行くときは、必ずメイクして待っていたという。きれいで元気にしている姿を見せないと娘が帰らない。それを心配してのやさしさだと、そのとき感じたそうだ。そんな経験から、在宅ケアについても、かづきさんはこうアドバイスする。

 

 「家族にとって在宅介護は、四六時中、そのことが頭から離れなくてつらいものです。でも、ケアする人が生き生きと元気そうな顔を見せると、患者さんは安心します。おしやれする必要はないと思う。軽くメイクするだけでいいんですよ」

 

 *網膜のがん=網膜の腫瘍には、おもに「網膜芽細胞腫」と「網膜血管腫がある。いずれも現在の治療法では、レーザー、放射線抗がん剤治療などで眼球温存を目指すが、病状によっては眼球を摘出しなければならないこともある。眼球摘出後は義眼を入れられる例と入れられない例がある。

 

 

インストラクターを養成し、リハビリメイクを哲学に

 

 本格的にフェイシヤルセラピストとして活躍する前、かづきさんはサロンを開いて顔に悩みのある患者にはボランティアでメイクをしていた。が、ある日、こんなことを言われた。

 

 「『先生、私の顔って、ボランティアですか。ちゃんと、お金を取ってください。このリハビリメイクを研究して全国に教えて広めてください。もしも先生が亡くなったら、終わってしまうじゃないですか』つて。ボランティアつて自己満足なんですね。すごくショックを受けました。それ以来きちんと報酬をいただくようになり、さらにひとりでは限界があるため後進を育成しようと、インストラクター養成講座を開いたのです」

 

 2000年から開講した養成講座は毎月1回上日連続で9ヵ月続く。講義は多彩で、メイク技術のほか、医学的基礎知識(形成外科、皮膚科、心療内科、精神科、歯科など)、カウンセリング演習、政治、人権問題、社会問題などについて、それぞれの専門家が教壇に立つ。卒業生は約800人になり、かづきメイクを提供・指導できる「フェイスプランナー」および、リハビリメイクを提供・指導できる「フェイシャルセラピスト」としてREIKO KAZKIのサロンやデパートショップ、全国のカルチャーセンター、病院外来、メイクボランテイアなどで活躍している。

 

 「養成講座では、とても厳しく教えています。生徒は『先生、テストがきつい』と不平をこぼしますが、『当たり前でしよ。あなたがお客様だったら中途半端な技術でメイクしてもらっても嫌でしよ』つて言います。講義が多岐にわたるのは、メイクの技術以外にも学んでほしいからです。技術だけで相手の心を喜ばせることはできません」受店者が実習に出ると、これまで見たことのない外観の人が来るので、思わず涙をこぼすこともあるという。そんなとき、かづきさんは受講者を外にたたき出してしまう。

 

 「お客様や患者さんは泣かれたり、同情されたりするために来ているわけではない。元気になりたいと思っているのです。相手の気持ちを読み取り、自分には何かできるか、それを最初に考えなければなりません」

 

 30歳で心臓手術をして、メイクの仕事を始めてから自分白身を「別人のように変わった」と言う。一番近くで見守ってきた医師の夫は、最初、「赤い顔がイヤ? そんなの命仁関係ないやん」「化粧? そんなこと教えてどうするの?」と冷ややかだった。

 

 ある日、かづきさんの名前が新聞に載ったころだった。

 

 「主人が医師会から帰ってきて『リハビリメイク、これはとてもいいことだね』とほめるのよ。ずっと同じことをしていて、名前が変わっただけなのにね」

 

 結婚した長男はかづきさんの活躍を喜ぶ半面、「体だけは大事にしてくれよな。みんなを元気にしてあげるのはいいけど、僕のおふくろは一人だから」と、あまりの忙しさを心配しているそうだ。

 

 今後、自分の経験を通して、リハビリメイクを一時の流行ではなく、美