がん患者とリハビリメイク

 かづきさんは、これまで多くのがん患者にもリハビリメイクをした。がんの治療では、現代医学が日進月歩で進んでいる恩恵で、臓器によっては「がんと共存する病気」に変わりつつある。が、手術で一命をとりとめることはできても、術後、外観が変わってしまう現実と向き合わなければならないこともある。

 

 たとえば、かづきさんはこんな例を紹介してくれた。

 

 網膜がんで手術を受けた60代女性B子さんは右眼球の摘出を余儀なくされ、義眼を入れることができなかったため、目の部分が一続きの皮膚に覆われ、へこんでしまった。がんはあごにも転移し、その患部も切除したのでくぼみになった。外出時は薄い色つきの眼鏡を使っていたが、通行人から好奇の目で見られていると、いつも気になっていた。ある日、新聞でリハビリメイクの記事を読み、サロンに来店した。

 

 そこで、かづきさんは黒のアイペンシルを使って右目の部分の皮膚に眉、まぶた、まつげを描いた。その上からいつも使っている眼鏡をかけると、片目を軽く閉じているように見える。メイク後、かづきさんが「どう?」と、手鏡を持たせると、B子さんは自分の顔をじっと見つめたあと、こう言った。

 

 「あごの再建手術を勧められていましたが、やっぱり受けてみようと思います」

 

 かづきさんは当時をこう振り返る。

 

 「メイクすることで、外出するときの他人の視線が気にならなくなるだろうと思ったのですが、B子さんにとってリハビリメイクは、さらにそれ以上のできごとだったんです。彼女はあごの手術痕がとても気になっていた。でも、命が助かったから、もう、それはあきらめていたんじゃないかな。

 

 がんの治療では手術だけでなく、化学療法でも外観が変わってしまう。たとえば、抗がん剤の副作用で髪の毛が抜けることはよく知られているが、眉やまつげも抜けてしまう。治療を終えると副作用は消失し、また元通りになるが、その問や治療後の容姿の変化に患者はリハビリメイクを希望する。たとえば、まつげが抜けてしまうとき、かづきさんはつけまつげを使うことを勧める。これには、かづきさん自身がある日、急にまつげが抜けてしまい、百円ショップでつけまつげを買ってきてどうすればうまくつけられるか、鏡の前で数日間、練習した経験が生きている。

 

 「そのまま使うと毛の量が多いので、少し毛を間引いたりカットしたり。ようやく自然に見えるようになったと思ったら、そのあと、がんの抗がん剤治療でまつげが抜けてしまうという悩みを持つ人が来て。すぐ、『こうやるのよ』つて教えられたわ」

 

 かづきさんの話によると、がんだけでなく、膠原病ステロイド内服剤の副作用によるムーンフェイス(満月のような顔つきになる)、腎透析治療による皮膚の乾燥や肌の色のくすみ、さらに、腎透析では治療のたびに針を腕に刺すため、まるで青あざのようになることなどを気にして、「こんな顔になるのはイヤだ」「腕にあざができると、半そでの服を着られない」と治療を拒む患者は少なくないという。

 

 「病気の治療をしているんだからしかたない」と周囲は思うかもしれない。

 

 でもかづきさんは、そんな人たちにも「自分の顔に自信持ってね、あなたは大丈夫よ」と心を込めてメイクし、治療の継続や社会復帰を応援する。患者はできあがった顔を見て、「これだったら、もうこわくない」と、次の治療を受け入れるための心の準備ができる。

 

 「たとえば、他人から見て目を引くようなあざや傷が顔にあっても本人が気にせず、社会生活を送る上で問題ないなら、それはそのままでいいんです。でも、いくら目立たないようなあざや傷でも、そのことで落ち込んだり外出するのがイヤになったりして、仕事や生活に悪影響を与えるのであれば、何かの方法でケアする必要がある。顔はその人のアイデンティティであり、気持ちのスイッチなんです。私は体調が悪いときは鏡を見ませんよ。だって、やつれた顔して『しんどそうだな』と思ったら、よけい体がつらくなり、とても仕事に出られませんからね」