かづきメイクは少女時代の自分が探し回った技術

 かづきさんは生まれつき心臓病(心房中隔欠損症)を患っていた。子供の頃は冬になると血流が悪くなり、運動も制限された。しかも、顔が真っ赤になってむくんでしまうので、小学生のときのあだなは「赤デメキン」。かづきさんは当時の思い出をこう話す。

 

 「雨の日はうれしかったですね。教室が暗くなるので、電気がつくでしよう。そうすると、私の赤い顔が目立だなくなるの」

 

 「春から夏にかけては顔が白いので積極的に動き回っていました。私のファンクラブができたほどだったんですよ。でも、冬になると怖がだるくなり、顔が赤いから性格まで暗くなり、外に出るのがイヤになる。いつのまにか、ファンクラブは自然消滅しました。いま思えば、顔が赤いから人気が下がったわけではなく、私かそう思い込んで消極的になったからですね。変化したのは男の子の気持ちではなく、自分の心でした」

 

 ますます赤い顔が嫌いになった。そんな少女に周囲は言った。

 

 「人は顔じゃないよ。心だよ」

 

 そんな言葉は心に響かず、なぐさめにもならなかったそうだ。高校生になると、何とか赤い顔を隠そうとファンデーションを塗ってみるようになった。すると、先生から「化粧しているだろう?」と叱られた。短大生になると、化粧品を山のように買い込んで厚塗りした。その頃のかづきさんは、いつも悩みの解決法を探していた。

 

 短大を卒業してすぐ結婚し、専業主婦になった。30歳のとき、人生の転機を迎える。医師の夫が開業したり、母親が亡くなったりしたことから、かづきさんは心労で倒れてしまう。入院して精密検査したところ、心臓に穴が開いていたことがわかり手術することになった。術後は完治した。

 

 「『これからは羽が生えたように、体が軽くなりますよ』と主治医に言われた通りになったのですが、私にとって、それ以辷の喜びは冬になっても顔が赤くならないことでした。それを聞いた主人はあきれていましたが、外観の悩みは当事者でなければ理解しがたく、心の負担は計り知れないものなんです」

 

 こうして悩みが解消したとき、人生を再出発したくなった。

 

 「私も何か学びたい。昔の私のように、顔に悩みを持つ人の役に立ちたい」

 

自分よりはるかに若い同級生と懸命に学んだ。35歳のとき、関西の朝日カルチャーセンターに売り込みに行って、1日講座を持たせてもらったところ評判になった。3ヵ月の講座を任されたら、20代~70代までの受講生が集まってきた。そのとき、「美の感覚は人それぞれ違うが、すべての年代に共通しているのは元気になること」と気づき、少しずつ「かづきメイク」がつくられていった。

 

 37歳のとき、束京にも売り込みに行き、講座を持たせてもらい新幹線で東京と宝塚を往復する。かづきメイクの講座は大人気で、3、4年後には朝日カルチャーセンター全国約2000講座のうち受講者人気ベスト3に入った。「かづきメイクを教えてもらいたい」と朝4時半から受講生が非常階段に列をつくるほど並んだ。そのときの受講生は、いま、かづきさんを支えるスタッフとして働いている。かづきさんは言う。

 

 「これまでの人生は、自分の悩みを受け入れることも解決することもできず、落ち込んだり悲しかったりすることが多くありました。でも、いまぱ悩みを抱えるみなさんのお役に立つことができて、心臓病で顔が赤くても生きていてよかったなと思います」

 

 このころ、顔にやけどの手術痕の残る怯成の少女と出会った。 「この患者さ人は身体の機能を収り戻すリハビリをしています。でも、それだけでよいのでしょうか。ふつうの生活に戻るための心のリハビリも必要だと思うのです。手術痕をカバーするメイク方法を彼女に教えていただけませんか」

 

 この看護師の言葉に感動し、「リハビリメイク」と名づけて、自分の顔の悩みを受け入れ、社会復帰するためのサポートを目標に活動を続けるようになった。

 

 その後、2000年から新潟大学歯学部非常勤講師として「リハビリメイク」についての講義を受け持ち、翌年からは大学院で口蓋裂、口唇裂、頭頸部がんの手術痕などのリハビリメイクを研究した。現在の医学は信頼性の高い研究が論文として認められなければ評価されない(EBM=Evidence based medicine、科学的根拠のある医療)。そこで、「リハビリメイクによるQOLを高める研究」を4年間続けて、その効果を客観的な評価スケールで改善度を数値に表した。05年には歯学博士を取得した。

 

医学部形成外科の光嶋勲教授は、リハビリメイクをこう評価する。

 

 「かづきメイクの特徴は、患者さんの心のケアがたっぷりできていることです。施術を受けた患者さんやご家族がご自分の顔の変化に感激して泣き出してしまうということですが、これは、かづきさんと患者さんの信頼関係を表しています。これまでの医学はメンタルケアがかなり弱かった。医師は患者さんの命を助けることばかりに目を向けていますが、それは技術だけを提供しているに過ぎない。心の交流がなければ、信頼関係を築くことはできないのです」