嚥下機能もリハビリと工夫でよくなる

 囗腔がん(おもに舌がん)、中咽頭がん、下咽頭がんの舌や咽頭部の切除後、放射線治療後では、摂食・嚥下機能が低下する。摂食というのは、食べ物を目で見て認知して、どうやって、どのくらい食べるか判断すること。嚥下とは、咀嚼した食べ物をのどから胃に飲み込むことを指す。どうして不自山になるのだろうか。

 

 「ふつうは、食べ物を臼歯に置いて、頬と舌の力でまんべんなく噛みつぶしています。が、切除や放射線治療で舌が小さくなると動きに制限ができ、筋力も低下するので咀嚼が難しくなるものです。たとえなんとか犒み砕くことができても飲み込むための塊をうまくつくれなくなったり、それを喉の奥へ運んだりするのが難しくなります」

 

 だが、これも発話機能と同じように、リハビリで取り戻すことができる。

 

 熊倉さんは、こんな例を紹介してくれた。

 

 公認会計士だった男性Dさん(70)は、舌根にがんができて「中咽頭がん」と診断された。当時、すでにがんが進行していたので、放射線治療の適応にならず、手術で舌を亜全摘が、後遺症として発話と嚥下の障害が残ったの

で、担当医の紹介で熊倉さんのリハビリを受けることになった。

 

 術後2ヵ月の初診のとき、Dさんは鼻から胃までチューブを入れて流動食の形で栄養を摂っていた。会話は筆談だった。熊倉さんがDさんの舌をよく診たところ、検査の結果によっては栄養チューブを外せるのではないかと考えた。そこで、嚥下機能の検査をした。「ビデオ嚥下造影検査」で液体やゼリーなどを飲み込む様子をレントゲン造影しかところノ誤嚥のないことがわかり、その場で鼻に装着していたチューブを外すことができた。帰り際に、Dさんは言った。

 

 「本当にうれしいですね。先牛にお会いしなかったら、一生このままの姿でした」

 

 それまでは見た目を気にして、人に会うことを避けていたという。

 

 さらに、Dさんは食べ物の咀嚼や飲み込むための訓練も始めた。

 

 たとえば、口腔内、のど、食道までの一連の動きを強化するために、飲み込むときの塊をつくる(舌を前後・左右に動かす)、そしてそのときの姿勢を練習した。

 

 実際の食事時間を使って訓練することもある。その場合は食べるときの姿勢や食べる量などを工夫していく。たとえば、Dさんの場合はかせることなく飲み込めるよう、右半身を横向きに倒すなど姿勢を変えたり、スプーンやシリンダ(注射器の針を取り除いたもの)で食、べ物を舌の奥に乗せたりするなど、いろいろ試してみた。食材の形を「きざみ食にするか」「ペースト食にするか」など決めるため、食べ物の咀嚼能力を分析したところ、柔らかいものなら誤嚥することなく食べられるとわかった。

 

 約1年後、Dさんは「当たり前のように思っていた食べることや飲むことができなくなるのはとてもつらい経験でした。でも、訓練を続けた結果、好きなお酒が飲めて焼き肉を食づられたときには本当に涙が出ました」と話していた。

 

 患者が言語聴覚士と接するのは、術後、しばらく経ってからのことが多いそうだ。が、医師の判断で、術前に言語聴覚士も一緒に面接し、訓練の内容を説明することもある。そのほうが不安を軽減させることができるという。摂食・嚥下機能も発話機能の訓練と同じように、障害が軽くなったことを実感するまで、本当に地道なプロセスを踏む。「話す」「食べる」は生活の基本なので、患者はできるようになると「ああ、よかった」と安堵する気持ちのほうが強いそうだ。が、本当はそれこそが日常生活の満足度や人生の充実にもつながる。

『がん闘病とコメディカル』福原麻希著より 定価780円